2009月10月11日14:25:00
野球鳥 4番ライト岡村です。
1968年パリーグ2連覇
阪急ブレーブスをご紹介いたします。
※ちなみに、1968年(昭和43年)は
郵便番号制度がスタートした年です。
1968年パリーグ2連覇により前年の
球団創設初優勝が偶然ではない事が証明された。
また、当時の上昇阪急には、こんな裏話がある。
『西本道場』
1966年(昭和41年)秋季練習最終日、
西本監督は斎藤喜さんを呼び、
『もっとやる気持ちがあるなら、
オレはいつでも出てくるから、
ひとつ納得がゆくまでやってみないか』 と声を掛けた。
そして翌日からのオフを返上し寒々とした雨天練習場で
2人だけの練習が始まった。
しばらくして、
『生活がかかっている。それにオヤジが出てくるというのに
家で炬燵なんか入っておれない』と、岡村浩二が顔を出し、
続いて森本潔さん・・・。
年が明けると石井晶さん、山口富士男さん、
長池徳二さんも姿を現し、やがて狭い雨天練習場は身動きが
とれなくなっていた。初めは監督が自ら選手の打ったボールを拾い集め、
マシンを操作までしていたが、やがて選手が交代で務めるようになった。
『西本道場』により技術の向上だけではなく、
『監督と選手とが強い絆』が結ばれはじめたのである。
☆4番ライトの独り言☆
1969年(昭和44年)は、
ネタ豊富(^O^)
この記事へのコメント (0)