2009月11月6日00:01:00
野球鳥 4番ライト岡村です。
『阪急ブレーブス5本柱』
梶本隆夫投手・米田哲也投手・石井茂雄投手・
足立光宏投手・山田久志投手 と 捕手・岡村浩二の
思い出(裏話)をご紹介いたします。
(ちなみに5人で通算1264勝です)
『第3回は、石井茂雄投手』
『走りすぎて2塁打記録を作れず』
1965年5月21日の東映戦で、
石井投手は、投手としての出場ではあったが、打撃も好調で、3回に2塁打を放つと4回には3塁打、6回と8回にも
2塁打を放つ活躍を見せる。
そのかいあって、石井投手は、この試合で勝利投手となったのだが、パリーグではそれまで1試合4二塁打を記録した選手はいなかった。もし石井投手が4回に3塁まで走らず、2塁で止まっていれば、打者としてパリーグ新記録を樹立できたはずだった。石井投手は、打撃センスも持ち合わせており、
1959年は13打数5安打の打率.385、
1964年には103打数27安打の打率.262、
3本塁打を残している。
そんな石井茂雄さんは、私より1つ年上だったので 『よく何であんな球を投げたのか?』とか、『何であの時あんなサインをオカは出すか?』など試合が終わった後よく話をした事を覚えている。(本当は口喧嘩)
細い体をムチの様にしならせカーブ、スライダー、シンカーと多彩な変化球に超スローボールを時折織り交ぜた技巧派。
当時、阪急・真田ピッチングコーチに『やっぱり茂しか、頼りになるのは居らんから』と云われると、『よし!』と気持ちよくマウンドに行く様な人だった。
巨人時代には、当時・長嶋監督に『これがプロのピッチング。芸術品』と言わしめたほどの投手だった。 (コメント岡村浩二)
☆次回は足立光宏投手☆
0時1分ね!
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