2009年11月5日00:01:00
野球鳥 4番ライト岡村です。
『阪急ブレーブス5本柱』
梶本隆夫投手・米田哲也投手・石井茂雄投手・
足立光宏投手・山田久志投手 と 捕手・岡村浩二の
思い出(裏話)をご紹介いたします。
(ちなみに5人で通算1264勝です)
『第2回は、米田哲也投手』
阪急が弱い時から『ヨネ・カジ』コンビで活躍した米田さんは、
対戦相手がエース登場で、阪急打線が全く打てず負けると
平気で翌日に連投し勝ちに行っていた。
本人に云わすと、『相手のエースは翌日は投げてこないから
連投するんだ』。そんなタフな米田さんを世間は『ガソリンタンク』と、
よんでいた。
米田さんとの一番の思い出は、ある日余りにもストレートが
高いので、マウンドまで行き『ヨネさん、少し球が高いので低く投げて下さい』と
云って次のサインでストレートを出すと、見事に超スローボールを投げてきた。
それは私に『お前!誰に云うとんや!10年早いぞ!』と無言の説教だった。
それ以来、絶対にサイン通り投げさすぞ!と努力したのを思い出す。
米田さんの凄いなと感心した事は、フォークボールを試合で投げる迄、
約3年は練習していた。幾らブルペンで投げれても試合で投げられなくては
駄目だと黙々と練習をしていた。なぜ3年も掛ったかと云いますと、ストレート・
スライダー・カーブで充分に勝っていた事もありますが、米田さんは投手にしては
指が短かったからだ。フォークボールは人さし指と中指の中からスポ抜かさないといけないし、それだけの握力も必要です。
それまでフォークボールは、日本では元中日の杉下茂先輩の特許みたいな物でした。
米田さんの4種類の上に5番目のフォークが完成した時は本人は一番嬉しかったと
思いますが、私も必死で受け、またピンチにはどんどんフォークのサインを出しました。
ボールカウントが1-3でランナーが3塁に居てショートバウンドして打者が空振りして、
2-3になってもフォークのサインを出すと又、投げてくれてピンチを脱した事を思い出します。捕手のパスボールのあるし、お互いの信頼がなければランナー3塁でフォークのサインは中々出せない物です。
日本の投手の中で1番の金田正一さん400勝に次ぐ
350勝投手・米田哲也投手のボールを受けられたのは、私の財産です。
(コメント岡村浩二)
※通算本塁打数も金田正一さんの36本に次ぐ33本記録している。
☆次回は石井茂雄投手☆
0時1分ね!