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4番ライト 岡村日常生活から野球ネタなど様々な角度から記事にしていきたいです。

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阪急5本柱(第3話)

11月6日00:01:00

野球鳥 4番ライト岡村です。 

『阪急ブレーブス5本柱』
梶本隆夫投手・米田哲也投手・石井茂雄投手・
足立光宏投手・山田久志投手 と 捕手・岡村浩二の
思い出(裏話)をご紹介いたします。
(ちなみに5人で通算1264勝です)
『第3回は、石井茂雄投手』

石井茂雄投手①

 

 

『走りすぎて2塁打記録を作れず』
1965年5月21日の東映戦で、
石井投手は、投手としての出場ではあったが、打撃も好調で、3回に2塁打を放つと4回には3塁打、6回と8回にも
2塁打を放つ活躍を見せる。
そのかいあって、石井投手は、この試合で勝利投手となったのだが、パリーグではそれまで1試合4二塁打を記録した選手はいなかった。もし石井投手が4回に3塁まで走らず、2塁で止まっていれば、打者としてパリーグ新記録を樹立できたはずだった。石井投手は、打撃センスも持ち合わせており、
1959年は13打数5安打の打率.385、
1964年には103打数27安打の打率.262、
3本塁打を残している。 

石井茂雄投手②

そんな石井茂雄さんは、私より1つ年上だったので 『よく何であんな球を投げたのか?』とか、『何であの時あんなサインをオカは出すか?』など試合が終わった後よく話をした事を覚えている。(本当は口喧嘩)
細い体をムチの様にしならせカーブ、スライダー、シンカーと多彩な変化球に超スローボールを時折織り交ぜた技巧派。
当時、阪急・真田ピッチングコーチに『やっぱり茂しか、頼りになるのは居らんから』と云われると、『よし!』と気持ちよくマウンドに行く様な人だった。
巨人時代には、当時・長嶋監督に『これがプロのピッチング。芸術品』と言わしめたほどの投手だった。                (コメント岡村浩二)
 

☆次回は足立光宏投手☆
0時1分ね!


阪急5本柱(第2話)

11月5日00:01:00

野球鳥 4番ライト岡村です。

『阪急ブレーブス5本柱』
梶本隆夫投手・米田哲也投手・石井茂雄投手・
足立光宏投手・山田久志投手 と 捕手・岡村浩二の
思い出(裏話)をご紹介いたします。
(ちなみに5人で通算1264勝です)
『第2回は、米田哲也投手』
米田哲也投手

 

 

 

 

ヨネカジ コンビ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

阪急が弱い時から『ヨネ・カジ』コンビで活躍した米田さんは、
対戦相手がエース登場で、阪急打線が全く打てず負けると
平気で翌日に連投し勝ちに行っていた。
本人に云わすと、『相手のエースは翌日は投げてこないから
連投するんだ』。そんなタフな米田さんを世間は『ガソリンタンク』と、
よんでいた。
米田さんとの一番の思い出は、ある日余りにもストレートが
高いので、マウンドまで行き『ヨネさん、少し球が高いので低く投げて下さい』と
云って次のサインでストレートを出すと、見事に超スローボールを投げてきた。
それは私に『お前!誰に云うとんや!10年早いぞ!』と無言の説教だった。
それ以来、絶対にサイン通り投げさすぞ!と努力したのを思い出す。
米田さんの凄いなと感心した事は、フォークボールを試合で投げる迄、
約3年は練習していた。幾らブルペンで投げれても試合で投げられなくては
駄目だと黙々と練習をしていた。なぜ3年も掛ったかと云いますと、ストレート・
スライダー・カーブで充分に勝っていた事もありますが、米田さんは投手にしては
指が短かったからだ。フォークボールは人さし指と中指の中からスポ抜かさないといけないし、それだけの握力も必要です。
それまでフォークボールは、日本では元中日の杉下茂先輩の特許みたいな物でした。
米田さんの4種類の上に5番目のフォークが完成した時は本人は一番嬉しかったと
思いますが、私も必死で受け、またピンチにはどんどんフォークのサインを出しました。
ボールカウントが1-3でランナーが3塁に居てショートバウンドして打者が空振りして、
2-3になってもフォークのサインを出すと又、投げてくれてピンチを脱した事を思い出します。捕手のパスボールのあるし、お互いの信頼がなければランナー3塁でフォークのサインは中々出せない物です。
日本の投手の中で1番の金田正一さん400勝に次ぐ
350勝投手・米田哲也投手のボールを受けられたのは、私の財産です。
                      (コメント岡村浩二)                    

※通算本塁打数も金田正一さんの36本に次ぐ33本記録している。

☆次回は石井茂雄投手☆
0時1分ね!


阪急5本柱(第1話)

11月3日12:43:00

野球鳥 4番ライト岡村です。

みなさんすいません(-_-メ)
0時1分に更新できませんでした。
期待して下さる方々より連絡入りましたので
遅くなりましたが、記事を書きたいと思います。


それでは、今回からちょっと変えてみます。
『阪急ブレーブス5本柱』
梶本隆夫投手・米田哲也投手・石井茂雄投手・
足立光宏投手・山田久志投手 と 捕手・岡村浩二の
思い出(裏話)をご紹介いたします。
(ちなみに5人で通算1264勝です)
『第一回は、梶本隆夫投手』
梶本隆夫投手

 

 

 

 

 

 

2月の春季キャンプの中、肩が少し出来上がってくると、
梶本さんは『オカ!連続ストライクでビールを掛けよう』と
言う。ストレートでは、あたりまえ。面白くないから『カーブ』でやろうと
言い出した。大体5,6分の力で100球連続ストライク
いとも簡単にクリアされビールケースごと取られたのを思い出す。
私が入団した時は、上から投げていたのに ある日『俺は年を感じた』と
一言いわれた。普通、捕手は左投手の時は左足は右足より引いて構えます。
なぜなら左投手の武器のインコースのストレートが取りにくいからだ。
また、捕手が一番取りにくいのはインコースの球である。
入団してから、梶本さんのインコースのストレートに一生懸命ミットが
負けない様に捕球していたのに、私は、年々スピードが落ちてきだした
梶本さんの球を軽く流す様に捕球する様になっていた。自分では無意識だったが、
『インコースの球をオカに簡単に取られる様では投げ方を変えるしかない』と、
それ以来 肘をさげてサイドスローに。本格派から変化球が
多いコンビネーション投手に変わった。
シュート・シンカー・フォークと多彩な投手となり阪急打線が不調な時は、
クリンアップに入りバッティングでも活躍した。
人柄の良い梶本さんは、みんなからアニキと呼ばれていた。
また、歌も上手でカラオケのない時代 自らアコーディオンを弾き神戸に
出れば生バンドを連れて夜も勇者となる。
そんな梶本隆夫投手は通算254勝を挙げた。 
                     (コメント岡村浩二)


☆次回は、350勝米田哲也投手☆


野球でビデオ判定!?

11月2日00:01:00

野球鳥 4番ライト岡村です。

ワールドシリーズ第3戦
フィリーズ vs ヤンキース
(シチズンズバンクパーク)

ヤンキースの主砲、アレックス・ロドリゲス選手が
追撃の2ランを放った。
4回・1死一塁から打球は右翼フェンス際へ。
フェンス直撃の二塁打かと思われたが、
ヤ軍ジラルディ監督が抗議
ビデオ判定に持ち込まれ、
右翼席最前列のテレビカメラを直撃していたことが判明。
本塁打にジャッジが変わった。
0-3から1点差に追い上げる貴重な2ランとなった。

ちなみに日本でも、「野球は人間がするもの」という伝統的な考えだったが、
最近、MLB・WBCでの導入もあり、日本でも来年あたりから
導入を検討中とのこと。

今朝のビデオ判定を観ていて正確な判定を知りたい気持ちと
何か寂しさを感じる・・・複雑な心境だった。

☆4番ライトの独り言☆
明大野球部3季ぶり33度目の優勝!
おめでとう\(^o^)/ 
万歳~♪

 


0勝6敗から始まったサブマリン

11月1日00:01:00

野球鳥 4番ライト岡村です。

サブマリンといえば・・・。
284勝投手・山田久志さんですね。
1970年5月14日 阪急vs西鉄(西宮球場)
山田投手プロ初勝利を挙げる
山田投手プロ初勝利

 

 

 

 

 

 

 

 

山田投手は、それまで9試合に力投するも
打線の援護なく0勝6敗、10試合目に
やっとつかんだ初勝利だった。
そして、5月19日の東映戦では(9対0)
プロ初完封!山田投手のコメントに
『リードしてもらっている岡村さんの
ミットだけみて投げれたのがよかった』
とある。

また、父・岡村浩二は、キャッチャーとして
『どうしても山田を勝たしてやりたかったんや』
いう。翌日、朝一番で『どんなコメントが載っているか』
気になり、この新聞を買いに走った思い出話をしてくれた。

これが、のちに球界を代表する
サブマリン山田久志さんのスタートであった。

☆4番ライトの独り言☆
日本シリーズが開幕!
さぁ~日本一はどっちかな(^O^)

 

 


外野手が4人いる!?

10月31日00:01:00

野球鳥 4番ライト岡村です。

南海が、アッと驚く作戦にでた。
1970年4月14日・南海vs阪急
前年度41本塁打・パリーグホームラン王の
長池選手の長打を封じる為に
『長池シフト』を敷いたのである。
長池シフト

当時、南海ホークス・
野村捕手兼監督の
作戦は、的中し
長池選手は、
ノーヒットに抑えられた。

 

 

シフトという言葉が流行したのは、戦後(1946年~48年)。
大リーグでインディアンズのルー・ブードロー監督が、
テッド・ウィリアムス(当時レッドソックス)の強打に
対抗する為、野手を右へ移動させたのが始まり。
当時は、発案者の名をとった
『ブードロー・シフト』と呼ばれて有名になったらしい。
また、日本では、『王シフト』が有名ですね。

☆4番ライトの独り言☆
次回は、あの人のプロ初勝利ネタ。

 

 


ドラフト&選手名鑑の巻

10月30日00:01:00

野球鳥 4番ライト岡村です。

昨日は、運命のドラフトでした。
巨人・長野 誕生!!
おめでとうございま~す♪
巨人・長野誕生
 

以前記事にしたコレ!
もらっててよかった(^O^)
がんばれ!長野!

でも、なんで漢字で『岡村』やねん!

ホンダ長野

 

はい!それではタイムスリップするよ♪
ジャーン♪
パリーグ4連覇へ
1970年・勇者たちの顔ぶれ
1970年阪急ブレーブス

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、ある意味レア物かも。
世界の盗塁王・
福本豊選手(背番号40)
284勝投手・
山田久志投手(背番号25)
しかも、山田さんは写真ではなく枠外です。

昭和の選手名鑑って住所まで載っているのに、
もっとビックリです。
昔は、ファンレターや年賀状が
自宅に届いてたのかな(笑)


☆4番ライトの独り言☆
今度こそ元旦着で年賀状が出せるように、
早めに準備しよっと!
あなたは大丈夫ですか(^O^)


プロ野球ゴルフ大会

10月29日00:01:00

野球鳥 4番ライト岡村です。

野球選手のシーズンオフといえば、
ゴルフでしょ(^O^)
それでは、こんな記事もありましたので、
ご紹介いたします。
ジャーン♪
プロ野球ゴルフ大会

この大会で優勝した
岡村浩二は、
現在でもゴルフの研究・
努力を続けている。

いつまでも元気で
趣味のゴルフを
楽しんでもらいたい。

☆4番ライトの独り言☆
1970年スタート。


ベストナイン

10月28日00:01:00

野球鳥 4番ライト岡村です。

昨日は、ベストナイン賞について書きましたが、
※1つ忘れてました(>_<)
当時のプロ野球担当記者さんが
選考した結果がコレで~す。
ジャーン♪
ベストナイン選考結果

 

☆4番ライトの独り言☆
城島選手の阪神入りが
決定しましたね。また、
おもしろくなりますが、
矢野さんのファンの
僕は複雑です。

 

 

 

 

 

 

 

明日は、ゴ○○のネタ。

↓話は続くよ↓



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№1捕手 (第2話)

10月27日00:02:00

野球鳥 4番ライト岡村です。

先日、野村監督が
楽天と日本ハムの両チームから
胴上げされているシーンは感動しました。
両チームからの胴上げ

VTRを観ている父も、
涙ぐみこんな事を
言っていた。

 

 

 

 

やっぱりノムさんには、生涯ユニホームを
着ていて欲しい。
このまま解説者をするのは勿体ない。
楽天、日本でのオファーがないなら大リーグの監督に
なって倒れるまでやって欲しいと言っていた。

また、父は最も尊敬する捕手・野村克也さんに
次男(兄)誕生の際、克也という名前を頂き
それ以来、『オカ!克也君は元気か?』と、
いつも気にして頂いています。

1969年(昭和44年)
阪急ブレーブス・主力選手成績
昭和44年・阪急ブレーブス・個人成績

☆次回も0:01で~す☆