2009年10月15日12:40:11
2009年10月14日00:01:00
野球鳥 4番ライト岡村です。
私事ですが、10月14日は
4番ライトの母の誕生日なんです。
今も元気だったら、67歳です(^O^)
ジャーン♪
シーズン中は、野球選手は留守が多い為、
こうした『野球選手の妻の集い』も日常茶飯事。
さぁ~皆さん(^O^) クイズです!
母と一緒に写っている人は誰でしょうか?
正解は、フランク永井さんです。
『有楽町で逢いましょう』など、
数々の名曲で知られる歌謡界の巨匠は、
大の巨人ファンで有名ですが、
当時、阪急ブレーブス・岡村浩二を弟の様に可愛がっていました。
この写真は、我家の新築祝いに駆けつけて頂いた時のものです。
当時は 、カラオケが
ない時代で、
阪急ブレーブスは、
試合に勝つと、
254勝左腕・
梶本隆夫さんを
先頭に生バンドを
引連れ神戸の
夜の街へ・・・。 夜も勇者!!
この日は、
我家で
フランクさん
が歌う。
まさに最高の
ホーム
パーティ
です。
☆4番ライトの独り言☆
今頃、フランクさんと母は
天国で誕生日会しているんでしょうね。
次回は、春の珍事ネタ。
2009年10月11日14:25:00
野球鳥 4番ライト岡村です。
1968年パリーグ2連覇
阪急ブレーブスをご紹介いたします。
※ちなみに、1968年(昭和43年)は
郵便番号制度がスタートした年です。
1968年パリーグ2連覇により前年の
球団創設初優勝が偶然ではない事が証明された。
また、当時の上昇阪急には、こんな裏話がある。
『西本道場』
1966年(昭和41年)秋季練習最終日、
西本監督は斎藤喜さんを呼び、
『もっとやる気持ちがあるなら、
オレはいつでも出てくるから、
ひとつ納得がゆくまでやってみないか』 と声を掛けた。
そして翌日からのオフを返上し寒々とした雨天練習場で
2人だけの練習が始まった。
しばらくして、
『生活がかかっている。それにオヤジが出てくるというのに
家で炬燵なんか入っておれない』と、岡村浩二が顔を出し、
続いて森本潔さん・・・。
年が明けると石井晶さん、山口富士男さん、
長池徳二さんも姿を現し、やがて狭い雨天練習場は身動きが
とれなくなっていた。初めは監督が自ら選手の打ったボールを拾い集め、
マシンを操作までしていたが、やがて選手が交代で務めるようになった。
『西本道場』により技術の向上だけではなく、
『監督と選手とが強い絆』が結ばれはじめたのである。
☆4番ライトの独り言☆
1969年(昭和44年)は、
ネタ豊富(^O^)